I. 古き森の戦記(塩見 康史)
<課題曲1>天野正道&土屋史人 両氏による対談
土屋:こんにちは。それでは、課題曲I「古き森の戦記」についてお願いします。
天野:はい。
土屋:さきほど、(天野先生が指揮された)レコーディングの様子を拝見させていただいたんですけれども、この曲は金管がきついですね。
天野:きついですねー。
土屋:まずこのへんからの話になると思いますけれども、これ吹奏楽の楽譜としては、ちょっとこう金管が独立した動きが多くて。
天野:うん、そうですね。
土屋:どうですか、その辺りの感想というか。
天野:聴いてるとすごくカッコよくてね、やりたくなる曲なんですよ、実際。
土屋:そうです、参考演奏を最初聴かせていただいたときに、とても生徒達にも評判がよかったですね。
天野:ただ実際に演奏すると、金管はかなりきついですね。
土屋:ホルンなんかも、ほんと集中してないとマズいのかなと。
天野:特に中学生、高校生のみなさんは体力配分にも気をつけないとね。
土屋:まずその辺りが全体を通して感じたことです。では順に追っていきたいと思いますけども。頭の部分Misteriosoで始まって、[A]まであたりでなにかありますか。
天野:ここまでが前奏で、この3小節目に出てくるPicc.とFl.がですね、これがひとつのテーマになっているわけですね、2拍3連の。
土屋:このPicc.とFl.の音程合わせ、結構大変そうですよね。
天野:あとね、和音が結局、頭は1小節目の4拍目がc-mollになるんですよ。その前で、GesとAsがあって、その和音がここでちゃんとハマってまたその和音になっていってると。上がっていくパートと下がっていくパートがあるわけなんですけれども、この上がっていくっていうのがあとでいろんなところでそれを利用してテーマが出てくると。だから作曲の技法としてはとってもよくできているんですよ。
土屋:打楽器のロールですけど、たとえば2小節目とかですね。
天野:タイが付いてないねー。
土屋:そう、これタイ付いてないんですけども、(天野先生が指揮されたレコーディングでは)タイのかたちで演奏してましたよね。
天野:そうですね、普通この書き方だと(小節の頭で)打ち直しちゃうんですよ。
土屋:ですよね、指導者の方はたぶんここ「ちゃんと打ち直せよ」って言っちゃうと思うんですけど、これは音楽のことを考えたらタイでよろしいんでしょうかね。
天野:打ち直すところもあるんですけど、他のパートを見るしかないんですよ。他のパートと揃えて。
土屋:この箇所は低音楽器がタイになってますから、やっぱりここは繋げたほうがいいと。
天野:はい。
土屋:[A]1拍前のこの、TubaだけがCの音を吹くという、これ実はB♭管ですと低くなっちゃうんですよ。
天野:そうなんですよ!
土屋:これ、結構難しいんですよね。
天野:このCだと替え指ってわけにもね。
土屋:そうなんです、B♭管だと「1」もしくは「1、3」でもどっちでもとれますけど。
天野:[A]に入ってから、8分音符の刻みが、Fとね、Cで、B.Cl.だけがAsなんですね。
土屋:そうなんです、ここ質問しようとしてたんですけど、これなんでB.Cl.だけAsなんですか?
天野:音域的にロー・インターヴァル・リミット、つまり低いところで密集の和音になっているから濁っちゃうっていうか、まあ逆にだからB.Cl.だけで済ますっていうか助かってるんだと思う。
土屋:ということは、やはりこのAsと他とのバランスが結構ポイントになってきますかね。
天野:そうですね、これやってみると解るんですけども、このバスクラのAsね、fを7つくらい付けて吹いてもらってやってみるときと、全くなしでやってみてるとね、違いが一目瞭然。なくとも5度だけでもちゃんと成立はするんだけど。そういうちょっとしたバランスが肝になっていますね。
土屋:ここポイントですね。そして、[A]の2小節目から始まるHrn.。
天野:これがAllegroのテーマのひとつになるんです。
土屋:これ、Hrn.の中高生にとってはこれは外さずに演奏するってのは、かなり練習しないと厳しいと思うんですよね。
天野:山型アクセントとかね。
土屋:たとえば、1回全部スラーで音を取らせて、っていう練習が効果的だと思うんですよね。
天野:そうですね。
土屋:続くTrp.も全く同じようにこれ難しいんですよね。
天野:はい、大変ですよね、音の流れ方もそうだし。あといわゆる山型アクセントの扱いをどういうふうに解釈するかで変わってくるわけですよ。
土屋:細かいところ、16分音符に全部山型アクセントがついてますよね。これなんかっていうのも、解釈によっては全部流れを阻害しちゃうっていうんですかね、「ダッ、ダッ」って止まっているようなイメージをしちゃうんんですけど、でも音楽、どうでしょう?
天野:進んでいかないといけないわけですから。
土屋:たとえば、終わりにも出てきますけど、「ダカダン」っていう部分のところで、3つを意識しないで、やっぱり頭の音を意識して、フレーズ感を崩さないように、ってところを大切にこのモティーフをやっていったほうがいいんじゃないかと。
天野:アクセントとかの記号の読み方ですよね。
土屋:それでいよいよ[B]、3連符が出てきます。これ3連符で惑わされちゃうひとが出てくるんですね。
天野:はい、この3連符はイントロの2拍3連をもじったっていうか、そういうふうな有機的結合をきっと考えているわけですね。
土屋:そのあとに、[C]のところで、付点系のリズムが出てきます。ですので、どうしても人間の感覚でいうと「ラタタ、ラタタ......」ときたら「タッタ、タッタ......」と3連符のリズムで演奏しちゃいがち。
天野:特に気をつけなければいけないのは[C]2小節前1拍目の木管なんですよ、8分音符+16分休符+16分音符の。下が3連符だから、練習どんどん重ねて油断してるといつのまにか......。
土屋:自然に、アンサンブルじゃないですけど揃っちゃったり。
天野:ええ。
土屋:逆に揃ったらいけないわけですね。
天野:いけないわけです。
土屋:このへんも、課題曲としての審査のポイントになるのかなと。
天野:あと、強弱もそうですよね。[B]に向かって、fの世界まで行って、[B]でsub.mpみたいに落ちて。それで[B]の5小節目でpまで落ちてクレッシェンドになってるわけですから、推進力としては[C]に向かっていくときに、さっきの3連符と16分音符ですよね。
土屋:そうですね。
天野:次Timp.に16分音符が出てきて、これを油断すると"なまって"しまう。
土屋:最初にも話をしましたけれども、同系統の楽器のタンギングというか刻みの動きが多いので、これなんかはやっぱり一度伸ばしで練習してみるということは大切ですよね。
天野:線を揃えるっていうことは絶対必要になってくるわけですから、それを丁寧にやってからもっていかないといけないでしょうね。
天野:[E]のアルトサクソフォーンが第2テーマっていうかね、これが出てくるわけですけれども。ここのクラリネットの音型のニュアンスも、ちょっと油断すると崩れちゃいそうですね。
土屋:はい、で、このアルトサクソフォーンのテーマも、ちょっと音域的に意外と華やかになりにくいっていうか。
天野:音域的においしくないんですかね。華やかさを出すのにはちょっとね。
土屋:そんなことを感じました。
天野:[G]で中間部に入りますね。このHrn.で第1テーマ、あ、ていうかそれ以前にね、[A]から♩=120のテンポなんですけれども、この曲の雰囲気だと♩=120はちょっと遅い感じになっちゃうんですよね。でもこれを厳格に守って。次が([H]から)♩=138でね、ちょっと油断すると前半([A]からは)速くなりやすいでしょうから。これ気をつけないとね。
土屋:ただこの曲の感じから言ったら、実際♩=120で演奏すると、ちょっともたついた感じの印象になりますよね。
天野:まあca.って書いてるからだいたい♩=120ってことでいいんですけどね、でもまさか♩=120って書いてて♩=138でやるわけにはいかないですからね。
土屋:そうですね。ですからだいたい♩=120、という感じで言ったら、少し軽めのイメージのほうがいいのかなと、設定的に。
天野:[G]から♩=80になるんだけども、これは逆にもっと遅くなってしまうと思うんですよ、ちょっとゆっくりにしたくなっちゃうってうかね。
土屋:そうですね。
天野:そうするとmolto rit.とか大変になっちゃいますから。それで[H]の2小節前からのCl.2,3のこの3連符。
土屋:これ聴こえないですよね、普通にやってたら。
天野:はい、これを聴かせるのはちょっと至難の技というか......。Trp.には「パーンパパーン」ってフレーズもありますし。
土屋:Trp.はよく聴こえるんですけどね。この辺りのバランス、塩梅が、難しいのかなあと。
天野:まあ開き直ってこれは聴かせない!っていう方法もあるでしょうしね。
土屋:そうですね。ここの部分も楽譜をよく読み込んでいただいた審査員ですと、ちゃんと鳴ってないと「これ聴こえてないじゃないか」っていう意見もいただいちゃうかもしれませんね。難しいところかなあと思います。
天野:はい。[H]から♩=138、同じテーマなんだけど、やっぱりこっちのほうが躍動感というか、推進力が出ますね。
土屋:ここでまたHrn.とかTrb.、Euph.にも難しい山型アクセントのテーマが出てくるんですけど、やっぱりフレーズ感を失っちゃわないようにっていう、この書き方だとちょっとそこが、どうしても目先の部分ばっかりになってフレーズ感がなくなってしまうというか。
天野:縦ノリばっかりになっちゃうとか。
土屋:そうですね、よくないのかなあと。
天野:あと特に4拍目から始まるハーモニーとか何カ所か出てくるんですけどね、この曲はそれがたくさん出てくるんだけど、それがひとつの肝になってるわけなんですけども、そうするとそれを狙っていこうかどうしようかってときに、あんまりガチガチになっちゃったら......。フレーズ感って必要になってくるでしょうから。
土屋:そうですね。
天野:2拍3連の扱いとかもね、対比をね、それをどうやってもっていくかでしょうね。
土屋:そのへんのポイントがちょっと難しくなってくる。
天野:([H]は)S.D.も何気に大変なんですよ。タカタンタンタン......ってね、書いてるのはそんな難しくないように見えるんだけど、テンポの取り方とか気をつけないといけないでしょう。
土屋:はい。
天野:まあそれでね、3つのテーマがいろいろ組み合わさって盛り上がっていくっていうかたちで進んでいくんですけれども。
土屋:であとはね、もう勢いでばーーって感じですかね。
天野:はい、で[K]からのパーカッションの16分音符ね、これもちょっと油断すると乱れやすいから、気をつけないといけないですね。特にシロフォンは、左手から始めるか右手から始めるかでアクセントの扱いが変わってきますので、ここはちょっと気をつけないと。
土屋:そして、最後に向かっていって、[L]の4つ前の、この書き方なんですけども。
天野:16分音符で書いてあるととみんな鋭くしちゃうね、しかも♩=138だから......。でもハーモニー感がなくなるほど短くしちゃうとやっぱダメなんですよ、どんなに短くてもこのハーモニーを認識できないといけないわけですから。
土屋:打楽器は8分音符書いてあるんですよね。で、Hrn.までの管楽器がこういう書き方がしてある。ちょっとそれにとらわれないで、どういう響きがいいのかってのを探るところが大事ですよね。そしてここの、[L]2小節前のTimp.も、先ほどお話したように、これはタイでしょうね。
天野:打ち直しじゃないでしょうね。
土屋:で、エンディングです。
天野:はい、Maestoso。2/2で流れてますね。
土屋:でこの最後(の小節)、Allegroとして♩=138となっているんですけれども、これはどういう意図でこうなってるんでしょうか。要するに二分音符=60の倍の♩=120よりも......。
天野:倍よりも速くいきたい、ってことでしょうね。そうなると、この前の(8分)休符がね、結構ミソなんですよ、この休符の取り方。
土屋:感じ方。
天野:感じ方ね。さっきもおっしゃってましたけど、「タタタン」の3つ(全てに)山型アクセントが付いてるんですけども、やっぱり頭に重心掛かったほうが、テンポ感も出ますし。
土屋:ですから、3つを全部山形アクセントと思わないで、やっぱり、頭を意識したほうがいいんじゃないかと。
天野:ですから、ここのブレスが難しいでしょうね、この8分休符の。
土屋:その辺りが、この曲の全体を通しての注意ポイント。
天野:ですね!ありがとうございました。
土屋:ありがとうございました。
【天野 正道 プロフィール】
作曲家。国立音楽大学作曲科首席卒業、武岡賞受賞。同大学院作曲専攻創作科首席修了。在学中よりクラシック、現代音楽はもとよりジャズ、ロック、民族音楽から歌謡曲まで幅広い創作活動を行う。卒業後オーストラリアに赴き日本人で初めてC.M.I.(Computer Music Instruments)をマスターし、日本におけるコンピュータミュージックの第一人者の一人となる。多くのアーティストのアルバム、映画、アニメ、ビデオの音楽、数多くのCM、TVの音楽制作を行っている。2000年、第23回日本アカデミー賞音楽部門優秀賞受賞。2001年、第24回日本アカデミー賞音楽部門優秀賞受賞。2000年、第10回日本吹奏楽学会アカデミー賞受賞(作・編曲部門)。尚美ミュージックカレッジ専門学校特別講師。【土屋 史人 プロフィール】
東京コンセルヴァトアール尚美(現・尚美ミュージックカレッジ専門学校)ディプロマコース卒業。在学中よりテューバ奏者としてオーケストラ、吹奏楽、室内楽、スタジオなど多方面で演奏活動を行う。特に東京金管五重奏団のメンバーとして年間100回以上の公演で全国を回る。その後、地元浜松を中心にオーケストラ、吹奏楽の指揮トレーニングによる合奏指導や運営アドバイスを行い、浜松聖星高等学校吹奏楽部を中心として多くの中学生、高校生、一般社会人の指導に携わっている。