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先生たちの素顔

普段はみられない先生の別の顔を発見!

馬鹿の1つ覚えだった"ダンスで飯を食う"という夢が実現!「有言実行」夢は叶えるものだと思います。

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ども~~♪
ダンス学科でストリートダンスを教えているHIDEです☆

突然すぎる登場なので、まずは自己紹介から(^^)d 1978年、父 吉男、母 光子から何となく産まれてみました!
いっぱい夜泣きをしてそれなりにお漏らしもしてすくすく成長!現在に至る……(^^;
こんな感じ!?ってどーかと思いますが…まー簡単に言えば最新携帯みたいな感じです!!
読者の皆さん分かりますかこの意味?

……

……軽くて薄っぺらい奴って事ですf(^^;(笑)
と、楽しい感じでDance is lifeを送っています♪

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そろそろ真面目な自己紹介で…
幼少期の記憶は薄いですが80年代前半にマイケル・ジャクソンのPVや風見シンゴの『涙のテイカチャンス』でブレイクダンスを初めて見て…取り合えず真似をしてました♪

練習場所は保育所の渡り廊下(>_なぜ、そんな場所を選んだのか当時の自分のセンスを疑ってしまいますが…ダンス初体験です♪
でも、ダンスが出来る環境を知る事もなく野球少年に…ごくごく普通の少年でした(^_^)

中学1、2年生辺りから深夜、ダンス番組が始まりビデオにダビングして見始めたりで再度ダンスに興味を持ち始める♪
・・・ってか、周りの友達と違うことして女の子にモテたかったのが正直なところです(;^_^A

そんなこんなでビデオを見ながら練習したり、聞く音楽がHIP-HOPになったり…ダンス中心に。

中学を卒業する頃は、『ダンスで飯を食う』と、根拠も実力も無いのに友達に言ってました。
その当時はダンサーになるって思ってばかりで、何をしたらいいかも分からず、とにかく大口叩いてダンスばかりしてました♪
高校3年間はダンス中心に送ってました。

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そんな生活でTV番組のレギュラー出演。
それが初めての仕事・・・ダンサーとしてお金を初めてもらいましたv(^o^)
今では少々恥ずかしい仕事ですが「サブSMAP隊」という感じでSMAPメンバーのお面を被りダンスをしていましたf(^^;

それ以降は色々なお仕事に恵まれ未だにダンスを仕事にしています♪
馬鹿の1つ覚えだったものが夢実現☆
有言実行、夢は叶えるものだと今でもつくづく思います☆

ダンスの事ばかりで飽きてきたと思うので趣味について…(^^)d
薄っぺらい30代(・。・;
未婚なので自由気ままにバイクでのツーリング!
本当に気持ち良くて最高です!(夏場だけね)

そして学科長の武井先生と同じで釣り(^。^)
自分は川ですがこれも気持ち良くて無心になれる!自分、休みの日は川にいます(笑)
ブラックバス、ナマズ、鯉。何でも釣ってます(^^)d
興味あることに夢中v(^o^)大人になれない大人なんです(>_

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でもダンスだけは真面目。
これだけは本当に(^。^)
ではでは、夢を叶えるSHOBI で会いましょう♪


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プロフィール
HIDE(槙 英昌)
ダンス学科
講師
ビリークロフォード、trf、安室奈美恵、GTS等のバックダンサー。FIFA WORLD CUP フロントアクトダンサー。NIKEファッションショーダンサー。SMAP、w-inds、ツアーダンサー。吉本興業主催のお笑いLiveでの一部、演出、構成、出演。その他TV、PVなどにも多数出演する。2007年avex公演にて演出・振付・出演。現在、パフォーマンス・グループ「MELANGER」を結成し、活動中。

僕を子供のころからずっとワクワクさせてくれた音楽。キミも楽しい音楽生活を!

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どうも!ヴォーカル学科で講師をやらせて頂いてます。
福冨英明です。
シンガーソングライターです。

職務質問されると「歌手です」と答えてます。すると「ああ、自由業ね」と言われます。

さて今日は僕がワクワクした音楽のあれこれをお送りします。

子供の頃から歌うことが好きだったんですが、最初に感動というか刷り込まれたのが「サブちゃんこと北島三郎さん」。親父がはまってました。親父は仕事場で一番歌がうまいと自負してましたから、家でもちょっと気分がいいと歌っておりました。親父の歌はともかく車の中のカーステでリピートされる「帰ろかな」が良かったなあ。「淋しくって言うんじゃないが帰ろかなあ。」泣かせますサブちゃん!

歌詞の本当の意味はわかってなかったと思いますが、子供心に何かを感じてました。
そしてもうひとり忘れてはいけない八代亜紀さん!今聞いてもいいっす。
ちなみに僕は演歌歌手ではないです。

話は変わりまして、小学生の頃近所に大きな家に住んでる大学院生のお兄さんがいて、よく遊んでもらいました。彼の家で聞いたのが「カーペンターズと井上陽水」。

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カーペンターズは、その頃見ていたアメリカのホームドラマ「奥様は魔女」とリンクして僕に夢を見させてくれました。
その頃の僕の夢は
「大きくなったらアメリカ人になる」

アメリカ人になったら車を2台持って玄関入ると螺旋階段があるプール付きの家に住むと友達に言ってました。「今日から福ちゃんじゃなくてトミーって呼んでよ。」バカでした。

そして陽水!衝撃的でした。「氷の世界」!なんか今までの音楽と全然違う!「窓の外ではリンゴ売り~声を嗄らしてリンゴ売り~きっと誰かがふざけてリンゴ売りの真似をしているだけなんだろ~」そんな人いません。人生は思い通りにはいかないのかもしれないとぼんやり感じました。今聞いても素晴らしい。

ついに中学生です。ビートルズです。聞き漁りました。
全曲聞きたいと思った最初のアーティストです。
ポールが牛乳好きだから僕も今日から牛乳を飲もうってな感じです。ファンです。確かにカレンカーペンターと結婚したいと思ってましたが、これほどのめり込んではなかったです。
ビートルズを聞いてたら幸せ。家に帰ってレコードに針を落とす瞬間が待ち遠しかったなあ。


ところで僕は広島出身です。
その当時はレコードを扱ってる電器屋さんが結構あって僕も近所の電器屋さんで買ってました。
そこの女主人のお薦めを買うのが常だったのですが、彼女の殺し文句が
「これが今東京で流行ってる。」
東京・・・。間違いない。

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ある日彼女が言いました。
「福冨君グラミー賞って知ってる?」
知りません。
「グラミー賞っていうのはねアメリカで出た一番素晴らしいレコードに送られる賞で今年はスティービーワンダーって人が賞を独占したのよ。」
アメリカで一番・・・。買うでしょう。4,000円。お金が足りないでしょう。

家に帰り再度登場。
そしてゲットしたのがSTEVIE WONDERのKEY OF LIFE!
前述の通りその頃はビートルズを聞いてました。ポップでキャッチーです。例外はありますが(HEY JUDE)、曲も短くて大体3分位です。期待に胸をふくらませて針を落としました。
1曲目。7分6秒。全く一緒に歌えない。最後の方とか延々と繰り返しててよくわからない。頭の中で「外したか。」と囁き声が。
気を取り直して次の曲、やはりわからない。
次い!教会音楽?
次いい!!歌が無い?
何だよこりゃあ、ハズシタアアアア!
しかし買ったからには気に入らなければなりません。意地になって聞きました。
するとISN'T SHE LOVELY~。やっとピン来ました。そして気がついたらドップリはまってました。

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野球部で坊主頭だったのですが、
「いつかアフロヘアーにしたい。黒人になりたい」
形から入るタイプ。
いいんじゃないの。
プロになりたいと思って試行錯誤していた時に気付きました。
かなりこの頃の影響って大きいなぁと。
でカーペンターズの曲を書いてる人達、キャロルキング、ロジャーニコルス、バートバカラックを聞き漁り、スティービーの曲作りもそっくり真似したりして楽曲作りに精を出しました。

自分が感動したモノをしっかり噛み締めると自分の音楽にじわっと広がっていきますよ。

楽しい音楽生活を!
ひとにやさしくじぶんにやきにく。
福冨英明でした!


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プロフィール
福冨英明
ヴォーカル学科音楽総合アカデミー学科講師
1996年デビュー。メディアレモラスからマキシシングル「12 inchmemories」、アルバム「MEET」などを発表する。ライブ活動を中心に、ラジオ出演、 インターネットでの楽曲・ビデオ公開など、聞き手に一番近いフィールドでの活動に重点を置くことをモットーに邁進中である。最新作は2003年発表のアルバム「MELODIES OF HOPE」

100%サッカー少年に訪れた大きな挫折。僕を救ってくれたのは"音楽"だったんだ。

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こんにちは作曲学科の市川です。
歌ものPOPS~ROCKが得意です。

今日はちょっと昔の話をしますね。

僕の少年時代はね、ほとんどの同僚の先生方とは少し違っているんだ。
『100%サッカー少年』だったんだ。
マジでサッカーに捧げてたんだよねー。
中学高校時代をさ。

なのでまず、サッカーとの出会いを少し・・・。
小学校の昼休み、男の子たちは校庭でサッカー。
小学生のサッカーだから、ポジションもなにも無くてみんなでワーってボールに群がってく感じ。

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僕はガキ大将キャラでは無かったし、いつもリレーの選手に選ばれるような活発な子でもなかった・・・。ガリ勉もやし君でもないけど、まぁ普通の子だった。

だからいつもそのボールを追っかける集団から少し離れた所にいたんだ。

当然昼休みずっとサッカーしてても2、3度くらいしかボール触れないんだよね。
で、ある時5m前の混戦集団から、ポロッてボールが僕の前に偶然転がってきたのよ。丁度センターサークル過ぎ辺りの位置だったんだけど、ダイレクトで思いっきり蹴ってみたんだ。そしたら綺麗な弧を描いて、入っちゃったんだ。

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全てがスローモーションになって時が止まった気がした。

『体中の血が逆流する
僕がヒーローだぁってこころから思える・・・』
一瞬だけど、一生忘れない、その一瞬の気持ち・・・。

そんな瞬間に恋い焦がれて
そんな瞬間をもう一度味わいたくて

人はどんどん前に進む
人はもっともっと上を目指す

そうやって始まったサッカーライフ。充実した青春だったんだけど、よくある話でポジション争いやら、大きな怪我の中で、やがて訪れた大きな挫折。

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そんな時、
僕を救ったのが『音楽』だったんだ。

それから、その5年後・・・
僕はね、ニューヨークのライブハウスでハイラムブロックというギタリストを観ながら、震えていたんだ。

手を伸ばせば届きそうな位の狭いステージの上から、世界を変えてるヒーローになりきっちゃって・・・。我が物顔で、そして愉快に痛快にギターを操る。
このギタリストにとって、このステージが『小学校の校庭』なんだって気がしてさ・・・。
震えがくるくらい、僕もそこに行きたくなった。
いてもたってもいられなくなったんだよね。

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今思えばその時から、僕のプロミュージシャンとしての長い旅路が始まったんだ。
『はじめの一歩』だったんだなぁ。

さてさて
この後どのようにして僕は作曲家になり
作詞家になり
SHOBI の先生になっていったのか・・・

そのお話は
また機会があったらって事で
じゃまた!


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プロフィール
市川春行
アレンジ・作曲学科音楽総合アカデミー学科講師
作曲家、プロデューサー。主にアイドル、タレント系の作品提供に定評がある。20代で都内のライブハウスでの演奏活動を精力的にこなし、バンド解散を機に作曲家としての活動を開始。深田恭子のデビュープロジェクトをきっかけとして平山あや、酒井彩名、Folder5、hiroへ楽曲を提供。また『魔法陣グルグル』のテーマソングを担当し、最近ではKAT-TUN、嵐、BoA等の制作に携わっている。

音響・映像学科はスラムダンク?!とりあえず、そっちの方向へ行ってみる

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どぉも。
音響・映像学科でPAを担当している折井です。

今回は、私の学生時代から音響の仕事と出会うまでのお話です。進路で迷っている人へのアドバイスになればうれしいです。

●生い立ち
生まれたのは横浜なんですが、なんせ引越しが多くて・・・。幼稚園は引越しのため中退(あ~・・・すでに将来の予感がぁ~)
入学した小学校は3年で関西へ転校、中学にいたっては1年・2年・3年で3つの中学校。
大学は予感のとおり中退、結局入学して卒業したのは高校だけなので「小学校時代からの友達がさぁ~・・・」なんて話を聞くとちょっとうらやましいです。

●今の仕事の原点?
高校時代は勉強をがんばるほどの根性もなく、かと言って「勉強なんか出来なくても関係ねぇー」と言えるほどの勇気もなく、期末試験の前の晩には「勉強しなきゃ」と思いつつふっと気がつけばマンガを読みふけって午前3時・・・「がぁ~・・・地震で校舎つぶれないかなぁー・・・」なんて考えておりました。
クラブ活動は、活動しているのかしていないのか分からないようなグダグダの軽音楽同好会でしたが、文化祭は楽しかったです。
当時の高校はロック禁止だったので、クラスの友達と3人組フォーク・グループでライヴをやり、それと平行して同じ仲間と有志で映画を作って上映。
文化祭前になると、放課後はギターを持ってバンド練習、夜は友達の家で映画作り。
ある年など文化祭前日になっても映画が完成せず、深夜「間に合わねぇー」っと徹夜で編集した事もありました。

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●暗黒時代
あまり将来を真剣に考える事もなく大学に進学したのですが、勉強の方はまったく興味をもてず、「ロックができるぞ~」と期待して入ったバンド・サークルも人間関係がうまく行かず、2年生になる頃には授業へもサークルへも行かずに部屋にこもってレコードばかり聴いていました。私の暗黒時代です。
学校をやめようか?
でも、やめてどうしよう?
何か好きなことをやろうか。
でも好きなことって何だろう?
音楽は好きだけどそれで食べていけるほどの才能はないし。
やっぱり学校へ戻ろうか?
でも・・・。
こんな堂々巡りを半年ぐらい続けていました。

●転機
転機は高校の同級生のお葬式でした。親しい友達ではなかったけれどよく知っていたやつで、お葬式のときボ~ッとしながら思ったのは「はぁ~・・・人間って19歳でも死んじゃうんだな~・・・」 「俺はいったい何をやっているんだろう・・・」ってことです。
こんなことをしていてはダメだ。とにかく行動を起こそう。
今自分に分かっているのは"音楽が好き"それだけなんだから「とりあえず、そっちの方向へ行ってみよう」「音楽に近い仕事をやってみよう」と大学を中退して、レコード屋さんでアルバイトを始めました。
結局その仕事も1年ぐらいでやめてしまったのですが、そこで知り合った友達に紹介してもらったのが音響のアルバイトでした。

●裏方仕事の面白さに目覚めた!
音響の仕事を始めてすぐに楽しかったか?と言うと、そんなことはありません。
「音響の仕事で頑張るぞー!」なんて意識もぜんぜんなく本当にただのバイト気分で、仕事の内容もいわゆる雑用でしたから。ただそこで知り合った友達と音楽の話をするのが楽しかったので、社員2~3人の小さな会社でしたがそのままそこへ就職しました。

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就職して1年ぐらいただ与えられた仕事をこなしていたそんなある日、ちょっとした自分なりの工夫がうまくはまった仕事があったんです。自分でも「なんか今日は楽しかったな~」なんて思っていたら、お客さんから「今日は本当にありがとうございました。すご~く良かったです。」な~んて褒められてすっかり「いい気」になっちゃったんですね~。
その日以来ノリノリで仕事をしていると社長からも「折井は最近かわったな~」と。
大変だけど面白い仕事にもどんどん連れて行ってもらえるようになり、裏方仕事の面白さに目覚めたその頃は、「うっひゃあ~、毎日が文化祭だ~っ!」て気分でした。

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●音響・映像学科はスラムダンク?
音響・映像学科の学生も昔の私と同じように「音楽がすきだから」と入学してくるけれど、やっぱり他のダンス学科とかの学生がダンス好きで入学してプロを目指して授業を受けているのとは違うんです。
彼らは入学するまで一度も機材にさわったことがなく、楽しいかどうかやった事もないのに音響や映像や照明の授業を受け、イベントのスタッフをやり「プロを目指せー」って言われても・・・、「一度も踊ったことがないのにダンス学科に入学した学生」を想像してみてください。
そう、音響・映像学科の1年生は音響・映像のプロを目指す世界に掘り込まれた素人、つまりバスケの世界に放り込まれた素人「桜木花道くん」と同じ立場なのです。
音響のバイトを始めた頃の私や、入学間もない1年生の「音楽が好き」はスラムダンク第1巻P.14で桜木君が春子さんから「バスケットはお好きですか?」ときかれて答えた「大好きです。スポーツマンですから」の「大好き」って感じなんです。

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スラムダンクを読んだことのある人ならだれでも知っている名シーンだけど、桜木君はもう1回同じセリフを言うじゃないですか。
第30巻の最後、春子さんに「大好きです。今度は嘘じゃないっす」って。第1巻の桜木君の「大好き」と第30巻の桜木君の「大好き」はバスケットに対する想いがぜんぜん違うでしょ?

この学校の講師をやっていて1番幸せなのは、桜木君が成長したように、入学したときと違う重みで「音響、楽しいっす」といってくれる学生と毎年出会えることです。
進路に迷っている人は「とりあえず、自分の好きなものがありそうな方向」へ行ってみてはどうでしょうか。第30巻の桜木君のように「大好きです。今度は嘘じゃないっす」て言える職業に出会えるかもしれませんよ。


プロフィール
折井隆彦
音響・映像学科講師
ホールの音響としてキャリアをスタート。90年よりフリーのPAオペレーターとして活躍し、スクリーン、マッスルビート、サニーデイ・サービス等の国内アーティストや、モノクロームセット、グレッグソン&コリスター等の海外ミュージシャンのツアーを担当。後進の指導にも熱心で、SHOBIでの教職歴は既に18年。最近ではホールの音響管理や、ダンス、音楽物のイベントなどの現場で、かつての教え子に出会う機会も多いと言う。

ゴスペルクワイヤーとのセッションは、通い合う高揚感と一体感で強烈に音楽の力を感じ、さらに音楽のとりこになった!

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こんにちは!

ヴォーカル学科で実技を担当してる長谷川紗伊子です。

名前は「サイコ」と言いますが・・・昔一緒にバンドをしてたメンバーやお仕事仲間からは「ジャイコ」と呼ばれてます。
由来は、サイコ→シャイコ→ジャイコと名前の進化系?!
なので、ジャイアンのような兄貴は、いません(笑)

私の出身は、新潟県の燕三条市という場所です。
高校時代は、自由に音楽室を使用できるという理由から合唱部の部長に。
きちんとした合唱指導顧問もいないため本などで調べては、ほぼ我流トレーニングを皆で考えたり部員達におこなってました。(今、考えると恐ろしい・・・)

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●音楽に国境はない
音楽の方向性に大きく悩んでいた20代、ニューヨークへ渡りました。
ヴォーカル留学だったのですが、夜な夜な遊びに行ったライブハウス、ブロードウェイ、教会(ゴスペル)様々な刺激を受けました。
中でもゴスペルクワイヤーとのセッションは、今までにない体験でした。
ゴスペルは、アメリカで長い間奴隷制度や人種差別等の、苦難の歴史を歩んだアフリカ系アメリカ人たちが、自分たちを人間として・人格として扱ってくださる神様に、感謝や喜びの気持ちを歌にして表現した「魂・祈りの歌」です。はたして・・・私は、心から同じ気持で一体化できるのだろうか?

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そんな時にクワイヤーの一人から言われた言葉
「Don't think , feel!」
ルーツは、違うけど五感で感じて開放すること。

例えば「Oh Happy Day」のような曲を歌う時は、踊りながら全身で自分なりの「Happy!!」って気持ちを表してます。(激しく全身をシェイクしたり、飛び跳ねてる人もいたりして)クワイヤーと共に自分なりの「Happy!!」を開放が出来た時は、通い合う高揚感と一体感で強烈に音楽の力を感じ、さらに音楽のとりこになりました。
宗教や言葉やルーツを越えて「音楽は人間同士を一体化させる」私にとって肌で感じた大きな経験でした。

●私のオアシス
音楽のとりこと同じ位、とりこになってるのが波乗りなんです。
一日ゆっくり休みがある時は、ロングボードを車に積んで千葉の九十九里浜や茨城の鹿島へ行ってます。
海は、私の憩いの場所ですね!雲の流れだったり、風の向きや、太陽の日差しを体いっぱい感じながら波乗りしてるとスルスルと雑念やストレスが抜けてっちゃいます。
波は、一つとして同じ波が、無いんですよ。海のコンディションや気候が変わると、早い波、遅い波、薄い波、厚い波・・・人にも個性があるように波も個性豊かで毎回、一期一会なんです。自然の偉大さには、いつも感心しっぱなしです。

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また、私が大好きな海の景色ナンバーワンは、夏の日が沈む時間帯です!
海の中から見る夕焼けは、本当に何とも言えず綺麗なんです。紫、ピンク、オレンジ、グラデーションで海が染まるさまは、皆さんにも見せたいです。
やっぱり自然は、偉大です!
そして海での楽しみは、ローカルさんの漁師仲間が獲って来てくれた海の幸で、ワイワイガヤガヤとバーベキューをしたり。温泉に入ってみたり。曲を作ってみたり(海だとリラックスしてるせいか?!けっこう曲が生まれるんです)と、こんな休日を過ごしてる私です。

●お婆ちゃんになっても
人・音楽・自然を愛し、そして愛され、年を重ねながらライブをして海に行けたら幸せですね。


プロフィール
長谷川紗伊子
ヴォーカル学科講師
学生時代からバンド活動を行いアルバム「FlightDeparture」リリース。ニューヨークでGuregolly氏やMercedes Hally氏に師事して発声法、歌唱法、ゴスペル等中心に学ぶ。帰国後は愛内里菜や他アーティストのバックアップコーラスとして参加。またシンガーソングライターとして各地でライブ活動を開催する。現在は、ソニーアーティストやエイベックスのアーティストを始め俳優・声優のヴォイストレーニングを行っている。

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