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先生たちの素顔

普段はみられない先生の別の顔を発見!

■「先生たちの素顔」掲載一覧

これまでに登場した講師の全リストです。


高野 正一 ジャズ・ポピュラー学科(2017年9月公開)
磯田 昌宏 ミュージックビジネス学科(2017年6月公開)
佐々木 清裕 アレンジ・作曲学科(2017年5月公開)
井上 仁司 ミュージカル学科(2017年4月公開)
井上 まひろ 声優学科(2016年10月公開)
轟 光太郎 プロミュージシャン学科(2015年7月公開)
高松 俊 ヴォーカル学科(2013年10月公開)
滝沢 ロコ 声優学科(2013年9月公開)
大山 智 管弦打楽器学科(2013年7月公開)
大井 澄東 ポップスコンテンポラリー学科(2013年5月公開)
坂本 浩志 ポップスコンテンポラリー学科(2013年5月公開)
井上 仁司 ダンス学科(2013年5月公開)
佐々木 典子 ダンス学科(2011年6月公開)
小松 真理 アレンジ作曲学科(2011年6月公開)
佐藤 清志 音響・映像学科 (2010年7月公開)
HIDE ダンス学科 (2010年7月公開)
福冨 英明 ヴォーカル学科 (2010年7月公開)
市川 春行 アレンジ・作曲学科 (2010年7月公開)
折井 隆彦 音響・映像学科 (2010年7月公開)
長谷川 紗伊子 ヴォーカル学科 (2010年7月公開)
熱田 公紀 ピアノ学科 (2010年6月公開)
八木澤 教司 管弦打楽器学科 (2009年3月公開)
タキグチ ホクト ミュージックビジネス学科 (2008年10月公開)
広瀬 勇人 音楽総合アカデミー学科 (2008年8月公開)
近藤 剛志 音響・映像学科 (2008年6月公開)
河村 智昭 ヴォーカル学科 (2007年12月公開)
田原 アルノ 声優学科 (2007年5月公開)
寺沢 功一 プロミュージシャン学科 (2006年11月公開)
宮澤 聰宏 管弦打楽器学科 (2006年10月公開)
坂本 浩志 管弦打楽器学科 (2006年5月公開)
巻島 康一 声優学科 (2006年4月公開)
稲見 英夫 アレンジ・作曲学科 (2006年2月公開)
山崎 篤子 電子オルガン学科 (2006年1月公開)
岡野 勇仁 ピアノ学科 (2006年1月公開)
班目 加奈 管弦打楽器学科 (2006年1月公開)
河野 裕一 プロミュージシャン学科 (2005年12月公開)
岡本 忠好 ミュージックビジネス学科 (2005年12月公開)
久保田 幸生 音響・映像学科 (2005年11月公開)
武井 一仁 ダンス学科 (2005年11月公開)
野口 浩志 ミュージカル学科 (2005年11月公開)
岩田 学 アレンジ・作曲学科 (2005年10月公開)
豊島 良行 電子オルガン学科 (2005年10月公開)
成澤 節 ピアノ学科 (2005年10月公開)
オリタノボッタ 管弦打楽器学科 (2005年10月公開)
高野 正一 プロミュージシャン学科 (2005年9月公開)
越川 紀代美 ヴォーカル学科 (2005年9月公開)

※記事内容、一部講師の所属学科等は、記事公開当時のものになります。

こんにちは!SHOBIの優しいパパこと高野です。

DSC_2280.jpgこんにちは。ジャズ・ポピュラー学科長の高野(たかの)です。

ロックベースからはじまり、今はジャズオルガン弾きです。
ガイダンス・模擬授業・高校の軽音楽部のイベント等で会って仲良くなった高校生、顧問の先生方から相談を受けることもしばしば。
“優しいパパ”と呼ばれています。これからも皆さんの高校に訪問させて頂くかもしれませんので、その時にはよろしく。

IMG_0116.JPG2014年までプロミュージシャン学科に在籍、今はジャズ・ポピュラー学科で、演奏活動の大半はジャズが中心なのですが、昔はごらんのとおり“ロック魂”に燃えていた時期もあったわけです。
バンド名は“テディボーイズ”。どうです?かっこいいでしょう?
優しいパパの在りし日の雄姿です。

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ペリーについて
実は、私は知る人ぞ知る“ペリー研究家”なんです。というより“ペリーマニア”かもしれません。
とにかく、ペリーに関するものなら何でも集めています。
ペリーと関わりのある土地には、砲台や資料館のある博物館などどこへでも出向いています。
なぜかと言うと、ペリーは「日本に初めて洋楽を持ってきた人」だから。
お会いできたときは、このお話も詳しくさせてくださいね。(あっ!SHOBIのこともお話しましょう!)

ハモンドオルガンについて
最近は知らないという人も多いのですが、ハモンドオルガンを作ったのは、なんとローレンス・ハモンドという時計屋さんです。
実は電子キーボードの元祖なんです。昔はロックではディープ・パープルのジョン・ロード(「LIVEIN JAPAN」を聴いて)やEL&Pのキース・エマーソン(「Tarkus(タルカス)」を聴いて!)のプレイにしびれてました。
そしてこの二人のリスペクトしていたジミー・スミスに出会いノックアウトされジャズの世界に入りました。
ジミー・スミスの奏法は左手でベースラインを弾き(足でも弾きますが)、右手でバッキング、メロディ、アドリブを弾きます。
サイドメンとしては、コードとメロディが弾けるギターとドラムスのトリオ編成がオルガンジャズの定番編成です。 私の加わっているグループ「THE OGD」もこの編成です。(気が付いた人はいるかな?この3つの楽器の頭文字がグループ名になっています)

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01takano.jpgプロフィール
高野正一
ジャズ・ポピュラー学科長

1955 年、東京生まれ。高校時代はベースでロック、大学ではハモンド・オルガンでジャズを演奏。
J-POPのアレンジも手掛け、CDのライナーノーツ、教則本など音楽関連の執筆多数。
学生時代に結成したロックンロール・バンド「テディボーイズ」ではベーシストとして活躍。
現在は、ジャズ・バンド「THE OGD」を結成して、ジャズをコアにして多方面でマルチな才能を発揮中。
座右の銘は「IQより愛嬌」

<2017年9月公開>

高校生のみんな、音楽の話をしよう。

こんにちは、ミュージックビジネス学科の磯田です。

学校ではミュージックビジネス学科の専任講師として、実際に学生たちだけでライブ制作をする「コンサートプロデュース」という授業を担当しています。
さて、みんなはどんなアーティストが好きですか?
アイドル?バンド?
ライブハウスやイベント、コンサートには行きますか?
私は、ライブはもちろん、演劇や映画、お笑いライブ、落語も好きで頻繁に行きます。
皆さんは何が好きですか?

私は、もともと小さなライブハウスで働いていたこともあり、売れているアーティストはもちろん大好きですが(だれよりもミーハーなので(笑))これからのスターを目指し、熱い想いで演奏しているアーティストが大好きです。
ライブハウスで働いていた経緯もあってか、様々な音楽イベントに遊びに行きます。
もし、見かけたら声掛けてくださいね!

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あっ!そもそも、私は人がたくさんいるような所に行くのは、あまり好きではありませんでした。
夏は冷房のきいた部屋に籠ってDVDを観たり、ゲームをしているような高校生で、行ったこともないのに「音楽イベントなんて、暑いし、人多いし、トイレに長時間並ぶから嫌だ!」って思っていました。
そんな私も、高校を卒業した19歳の時に無理やり連れて行かれたライブハウスで、初めて"音に揺れ""音を浴びる"という体験をした時から、(揺れる、浴びるという表現が正しいかは解りませんが、そんな表現しかできない感動体験がありました)それ以来LIVEの虜になっています。
ここで力説しても、行かないと解らない「百聞は一見に如かず」ですが......。

私なりに、音楽が好きなみなさんの参考になるような、イベントを紹介したいと思います。

●おススメのイベントやフェス(※既に2017年の開催は終了しているモノもあります)

Shimokitazawa SOUNDCRUISING(5月)
ライブハウスが密集している下北沢で行われる回遊イベントです。
イベントタイトル通り、お客さんが下北沢の街をクルージングし、街全体がひとつのイベント会場と化します。
既にザワザワしているアーティストから、これから人気が出てくる予感のするホットなアーティストが出演しています。昼チケットと夜チケットに分かれており、音楽パーティが朝まで続きます。
また、このイベントの為に期間限定でタワーレコード下北沢店がオープンします。

isoda02.jpgGREENROOM FESTIVAL(5月)
波の中の空洞スペース(チューブ)が、太陽からの光で、グリーンに輝いた状態の事をグリーンルームといい、サーフィン用語でもあります。この名前からも分かるようにサーフカルチャーやビーチカルチャーをバックボーンに持つ、音楽とアートのカルチャーフェスです。
横浜の赤レンガ倉庫を中心に一帯が会場になります。
サーフィンをやられている方や、子ども連れが多いので大人な雰囲気があります。

YATSUI FESTIVAL(6月)
芸人エレキコミックのやついいちろうが主催するイベント「YATSUI FESTIVAL!」。
渋谷のライブハウスを中心に、2日間開催される渋谷回遊型イベントです。
やつい氏と交友がある芸人さんからミュージシャン、文化人まで出演者の幅が広く、音楽だけでなく、トークショーやお笑いを観ることもできます。
当時、私はゲッターズ飯田さんに手相を見てもらいました。出演アーティストが集合するフィナーレも圧巻です。

isoda03.jpgFUJI ROCK FESTIVAL(7月)
新潟県の苗場スキー場で行います。新潟で開催しているのにFUJIと名がついていて不思議ですよね?是非調べてみてください。
このイベントは、名前だけは聞いたことがある人も多いと思います。
実は世界のフェス格付けで「FUJI ROCK FESTIVAL」は第3位に選出されています。1度行くとハマって、リピーターになってしまう方も多いようです。
もちろん高校生が簡単に行けるようなイベントではないのかもしれませんが、もし、私が高校生の頃にこのイベントを体験していたら、今とは違う人生を送っていたかもしれません。
この「ザ・フェス」感を1回は体感しておいても、損はないと思います。

ROCK IN JAPAN FESTIVAL(8月)
通称ロッキン、茨城県ひたちなか市で行われているJ-POPの祭典だと私は思っています。
近年では4日間開催されて、観客動員数もとても多いです。
J-POP中心で、若い世代に支持されている人気のあるフェスのひとつだと思っています。
雑誌の「ROCKIN'ONJAPAN」や年末の「カウントダウン・ジャパン(通称CDJ)」もROCKINON groupです。ロッキンもCDJにも尚美ミュージックカレッジの学生が遊びに行ってきました!という話をよく耳にします。

Sweet Love Shower(8月)
音楽番組専門チャンネルSPACE SHOWERが主催する、山梨県山中湖のほとりで開催される夏フェスです。
若くて勢いのあるバンドが多い中、過去には矢沢栄吉、山下達郎も出演しています。
湖の近くだからなのか、お客さんの一斉ジャンプに合せて大地がすごくゆれます。
大きなステージだけでなく、湖をバックにする小さなステージもあって凄く神秘的な感じがしました。

isoda05.jpg朝霧JAM(10月)
30歳を過ぎてから、参加しているフェスの1つです。
冨士山の麓、朝霧高原が会場で音楽とキャンプを、仲間と楽しむフェスです。
会場にテントが張れたりするので、寝そべりながら音楽を楽しむこともできます。
家から出ない引き籠りだった私が、このイベントでは、テントを張って、寝袋で寝ています。高校生時には考えられません。

今回ピックアップした以外にもたくさんのイベントが1年を通して、様々な場所で行われています。
自分のお気に入りのアーティストを見つけるのと同じように、自分のお気に入りのイベントを見つけるのも楽しいと思います。
もし、友達に籠りがちな子がいたら、引っ張り出して、誘ってあげてください。
そして、私と音楽の話をしましょう。



MB_磯田昌宏.JPG プロフィール
磯田昌宏

ミュージックビジネス学科専任講師

元・小学校教師。音楽が好きで業界入りを決意。(株)シブヤテレビジョンで、プロモーションビデオ制作、番組ディレクター、イベント制作、広告営業などの仕事をこなした後に、同社の音楽事業部が運営するライブハウスまわりのブッキングを中心に、様々なイベントの企画運営に奮闘、アンダーグラウンドなバンドからアイドルまで多岐にわたるマニアックな独自のカラーを打ち出し、コアなリスナーたちの信頼を得ていた。

<2017年6月公開>

いろんなことに興味を持って、いろんなものと出会って、今の自分があります。

1.jpgこんにちは!
アレンジ・作曲学科講師の佐々木です。


僕が音楽の面白さを初めて知ったのは小学校4年のとき、必修クラブで選択した合奏クラブ(実は希望していたクラブではなかったのですが、その経緯はここでは省略)でした。
通っていた小学校は全校生徒120名という山の麓の小さな小学校でした。当時の学校長の方針で、情操教育に音楽と体育を積極的に取り入れていたんです。
例えば音楽の授業では、1グループ5人の4班に分かれて、その班のなかでひとりひとりが作った4小節のメロディを発表しあったり、さらにその4つの班代表の作品を発表してお互いそのメロディの感想を述べあったりとか......。皆さんもご存じの「ドナドナ」を、その班内で話し合いながら様々なイマジネーションで、様々な楽器を使ってアレンジした作品を発表したりとか......。
さらには全校児童120人での大合奏(迫力だけは凄い!(笑))......ということを頻繁にしておりました。
合奏クラブでは鍵盤打楽器を担当してましたが、そんな小学校でしたから音楽経験のなかで、何気なくアンサンブルの楽しさを感じていったのでした。

3.JPGそんな小学校5年生での秋か冬、なにげに聴いていたFMラジオから「何じゃこりゃ!」というサウンドが!
それは冨田勲氏の一連のシンセサイザー作品で、その創り出された音色と音空間に魅了され強い衝撃を受けたことを今も新鮮に憶えています。
当時は電子工作にも興味津々の頃で、その後しばらくたてからたまたま書店でみつけた「初歩のラジオ」(78年10月号だったと記憶)という電子工作雑誌の特集記事がシンセサイザーの仕組みで、これは買うしかない!......と、小遣いで速攻購入。当時は難しいところも多かったですが、何度も読み返しました。
また、そこからの情報をもとにジャン=ミッシェル・ジャールやヴァンゲリス、クラフトワークといったシンセサイザー作品をFM番組欄で見つけてはエアチェックしていました。
その後の中学では、アマチュア無線の資格を取得したり(今でも免許を切らさずにコールサインを持ってたりします)、MZ80というコンピュータ上でプログラムを組んで遊んだり、部活では吹奏楽部に入りクラリネットを吹いたりとしておりました。そして、作曲にも興味をいだき始めた高2秋頃に、音楽の道へ進みたいと決心。そして入学したのが尚美の作曲学科(当時)でした。

当初は吹奏楽曲や合唱曲を書きたいと思っていたのですが、ある現代音楽祭で招聘され上演されていた作曲家ジョージ・クラムの作品に触れ、その響きに魅了されたのをきっかけに、現代音楽に関心をもちはじめます。
さらには、民族音楽(特にアジア)やルネサンス期とそれ以前のヨーロッパ音楽への関心、かと思えばIRCAMをはじめとした最先端の電子音楽作品への関心など、ディプロマ修了までの6年間は、ジャンルやスタイルを問わず様々な音楽に触れました。その背景も含め、関連書物や音をイモヅル式で漁りまくった、そんな6年間でした。
ディプロマでの卒業作品は4chマルチ再生システムによる音響と尺八による音楽という、入学当初の思いとは違うものを書いてましたが、この音への興味と関心と探求は今も続いています。

再び小学生の頃の話に戻りますが、この時期に興味をもっていたものがほかにもあり......。
地元のソニー・ショップに勤めていた親戚が、発売されて間もない家庭用ビデオカメラとβ方式ビデオデッキを持ってきたことがあって、映画にも興味あったこともあってか(映画館にはなかなかいけませんでしたが、テレビのロードショウはよく見ていました)、そこで初めて触れた機材と撮れた映像にワクワク感をおぼえたり......。
また、宇宙や星空も好きで、それにまつわる神話や写真もそうですが、なにより夜空をよく見上げてましたね。そんなこともあって最近は夜空の写真(星景写真)もよく撮っていたりします。

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いろんなことに興味を持ちながら、そしていろんな偶然の出会いと感心が、自分を作ってきたんだなと思う今日この頃です。



プロフィール
佐々木清裕

SHOBIディプロマコース作曲科修了。西村朗、新実徳英、松平頼暁各氏に作曲を師事。
エレクトロニクスやアジア民族音楽をベースに作曲活動を行う。
また、音楽教育用やカラオケ等のMIDIデータ制作。
最近では創作舞踊のための楽曲提供や朗読のための音楽等を制作するとともに、さらにCD制作のエンジニアとしても活躍している。
主な作品に、『電子的心象風景』(映像とテープの為の)、ピアノの為の『樹の夢Ⅱ』(JFCより出版)、『樹』(室内オーケストラ)、『アルダナーリーシュヴァラ』(ヴィオラとハープ)等がある。 社団法人日本作曲家協議会、作曲家グループ「蒼」各会員。

<2017年5月公開>

華やかなステージには、陰で支えてくれる人がいます[自己紹介]

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高校生のみなさん、こんにちは!!
ミュージカル学科の学科長をしております、井上仁司です。
ミュージカル学科では、つい先日2年生(18期生)23名が無事卒業しました。
今は4月に入学してくる新入生(20期生)を迎えるべく、ワクワクしながら、準備の毎日です。

さて、ミュージカルの舞台やテーマパーク・パフォーマーを目指す人たちにとって、芸能界やエンターティメントの世界は、一見華やかで、きらびやかな世界ですが、実は地道な毎日の努力があってこその、自分との闘いの世界でもあります……。なんて言ったら、皆さん引いちゃうかもしれませんが……。
「人に感動を与える」とは、そういう事なんですよ。それは並大抵のことではありません。
でもね、辛いことばかりじゃありません。楽しいことは勿論、大笑いすることや、涙が止まらないほど感動することも沢山あります。
今日は僕が体験した中で今でも忘れられない「感動したこと」をみなさんにお話ししますね。

■面接で
僕がダンスのレッスンに通うようになったのは、大学3年の時、ちょうど21歳になったばかりの時でした。
深夜のアルバイトでレッスン代を稼ぎながら、寝る時間もほとんどなくレッスンに明け暮れました。
他にいいバイトないかな、なんて思いながらアルバイト情報誌のページをめくっていると「おいしい短期バイト」があったのです!
「ショー出演者募集!」
しかも、1日3時間程度、日給が¥6,000です。当時していた深夜の印刷工場では20:00~8:00まで(休憩45分)で¥5,400でしたから、急いで電話をかけ面接に行くことにしました。
尋ねた先は「着ぐるみショー」の制作会社で、デパートや遊園地での子ども向けのショー(今で言うキャラクターショー)を作っています。3時間で¥6,000もらえるなら、なんでもやってやろうと思っていたので、張り切っていました。
そして、以下面接です。
社長さん:井上さん、身体を動かしたりするのは大丈夫ですか?
僕   :はい、体操をやっていたので得意です。
社長さん:ほう、じゃあ、何かやって見せてよ。
僕   :はい......。
しかし、狭い事務所では何もできません。そこで、事務所の前の通りに出て
僕   :すいません、ここでやります!
と、ロンダートからバク転~宙返りを披露しました。窓を開けてみていた社長さんは、
社長さん:井上ちゃーん、採用!
面接ではほとんど何もしゃべらず、何も聞かず採用されました。

■正義のヒーロー
翌日です。昨日渡された地図を持って集合場所につくと、すでに会社の名前が入ったトラックが止まっていて、搬入の真っ最中です。
会場の人らしい方にあいさつし、控室に連れて行ってもらいました。そこで待っていたのは社長さんでした。
以下、控室で
社長さん:よっ、井上ちゃん。来たね。はい、これ。あとで着方を教えるから!
僕   :おはようございます。あっ、はい。お願いします。
といって渡されたのは銀色と赤に輝く卵形の重いお面のようなものです。
よく見るとそれは僕が少年の頃(今でもですが)大好きで憧れた、正義のヒーローの顔でした。彼が胸の前で右手と左手をクロスした瞬間、悪い怪獣が爆発し炎上して番組は終わります。彼の活躍を毎週テレビの前で見るのが一週間のモチベーションだった僕は、今にも飛んでいきそうな勢いでした。

■ヒーローは一日にしてならず
言われた通り、服を脱いで全身に汗止めのパウダーをまぶし、銀色に光るスーツ着ていくのですが、これが一人で着られないのです。
なんせ、背中にチャックがある為、最終的には人任せです。同じ色の膝ほどまである長靴を履く頃には、もう全身汗だくです。
そしてついに、僕の顔にマスクが装着されました。視界はご飯粒ほどしかありません。口もかろうじて隙間が空いているだけです。
それに、重い。臭い。
これから怪獣をやっつけなければいけないというのにもう、フラフラです。何が何だかわからないまま1回目は終了しました。地球上で3分しか持たないわけがよくわかりました。
2回目は何とか、段取り通りにやれたと思います。
しかし、3回目ともなると、もう体が言うことを聞きません。やっとの思いで怪獣をやっつけて、記念写真をとって、サインを書いて、ショーは終了しました。
ヘロヘロでした。帰りに近所のお風呂屋さんによりましたが、体重は4kg近く減っています。
30分のショーを1日に3回。休憩は殆どありません。控室にもどってマスクを取ってもらい、水を飲んだらまた、次が始まります。子供たちが僕を、いやヒーローの名前を呼んでいます。大変な1日でした。どうしよう、やめようか......。

■ヒーローを支える人 それから1週間後、僕はまた正義のヒーローを演じていました。
小さい穴からも周りが見えるようになり、司会のお姉さんの声も聞こるようになり、怪獣をやっつけるタイミングも良くなりました。終了後はやはりヘロヘロになりましたが慣れました。
司会のお姉さんも劇団員だそうで、やはりアルバイトで来ていたそうです。どこかでご一緒出来たらよろしくお願いしますと、挨拶し帰るとき、社長さんが、ヒーローのスーツをうら返しにして、水道できれいに洗っています。
怪獣たちは、荷台で箱に入っておとなしくしていました。他に人はいません。
手伝いましょうかと声をかけたのですが「いいんだよ」と言って笑っていました。
司会のお姉さんに教えてもらったのですが、たった一人で会社から怪獣たちやヒーローを積み込んで、現場で怪獣を演じて、そして終わったら会社に戻って荷物を降ろして終わりだそうです。大変だなぁと思いました。
3日目にもなると、少しですが余裕もできてきました。が、やはり終わるころにはヘロヘロです。でも、社長さんは、丁寧に怪獣たちを積み込み、ヒーローのスーツを洗っています。
僕   :お疲れ様でした。自分、替わります。
社長さん:いいんだよ。仕事だから。
と、笑いながら言いました。
社長さんが言うには、こういったメンテナンス作業をしている時が一番楽しいそうです。
そして、その日の子供たちが喜んでくれたことを思い出しながら、頑張った怪獣やスーツに感謝をこめてメンテナンスするんだそうです。
その時なんか鼻の奥がツーンとなって、泣きそうになったこと覚えています。

■我々にも言えること
いま、この年齢になって社長さんの「いいんだよ」の意味が何となく分かるようになりました。
一見華やかな舞台やステージも一人では何もできません。陰で支えてくれているスタッフの力があります。もちろん仕事ですが、そこには舞台に立つ人たちと同様に、同じ喜びを感じているはずです。
芸能界やエンターティメントの世界は大変厳しいですが、それを支えてくれる人たちがいるのです。
夢に向かって進んでいこうと決めたときに、やはり、不安になることもあると思いますが、勇気をもって一歩進んでください。皆さんにも応援してくれている人たちがいるはずです。
そして、夢のステージに立った時も決して一人ではありません!
安心して尚美に入学してきてください、尚美の先生方はみなさんを応援しています!
そして学んだことを胸に飛び立ってくださいね!!

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新たなスタートを切る18期生たちと!



プロフィール
井上仁司
ミュージカル学科 学科長
THE AMERICAN DANCE MACHINEでシアターダンスを学び、国内のブロードウェイミュージカルやオリジナル作品に約50本出演。そのほとんどでダンスキャプテンを務める。現在、劇団四季をはじめ舞踊講師、インストラクター、振付師としても多くの作品に参加。これまで培った技術と理論でワークショップを展開。ダンサーのみならず、俳優のためのダンス表現やコンディションの整え方を伝授。


<2017年4月5日公開>

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